交渉は、私たちが毎日暮らしていく上で避けては通れないものです。
例えば、誰かと食事に行くとして「自分は焼肉が食べたい」としても相手は「お寿司が食べたい」となれば、その時点で交渉が発生します。
また、旦那さんが毎月のお小遣いをアップして欲しいとなれば、奥さんへの単価アップ交渉が発生するでしょう。
さらにビジネスシーンになりますと、社内稟議を通したり、社外の顧客と取引交渉が常に起こります。
そうです。私たちは常に交渉に囲まれて生活しているのです。そして交渉をするとなると、少なからずストレスがかかりますし、自分の意図しない結果に終わってしまうと、さらに疲れが増幅されるでしょう。
そんな交渉を、スムーズに進められるためのコツをお伝えしていきます。
ビジネスにおける交渉とは
ビジネスにおける交渉というと、自社が有利になるような条件で交渉相手を打ち負かす印象があるのではないでしょうか。もちろん、場合によってはそのような状況下に置かれる交渉もありますが、本来は「こちらの主張」と「相手の主張」をしっかりと出し合い、そして討議し、お互いにとってメリット(利益)がもたらされる着地点はどこか、それを調整していくことと定義されています。
すなわちWin-Winの関係になることを目指し交渉をしていくのです。これを「統合型交渉」と言います。顧客と良好な関係を構築していく上でも重要なスタンスと考えましょう。
ただし、実際にはお互いの主張が真逆であり、綱引きのようにメリット(利益)を奪い合う交渉シーンも多く発生します。このような交渉を「分配型交渉」と言います。この場合は、駆け引きが発生します。油断すると一方的に押し切られる可能性がありますので、分配型交渉のスキルについてもご紹介をいたします。
もちろん分配型交渉においても、相手の企業や個人を攻撃するのではなく、お互いの課題点について討議をするスタンスは持っておきましょう。
交渉力が高い人の特徴
交渉力が高い人の特徴は5点です。
交渉の事前準備ができている
交渉力のある人は必ず事前準備をしています。相手のニーズや出方を予測し、交渉カードを準備しているのです。いきあたりばったりで交渉に臨むのは、素手で戦いに挑むのと同じくらい無謀です。
傾聴力がある
これは営業力とも言えますが、相手のニーズをしっかりと聴くスタンスを持ちましょう。こちらの主張ばかりすると相手は心を閉ざす可能性が高くなります。
また、質問攻めも同様です。最初は相手が7割、自分が3割くらい話す時間配分のつもりで交渉を開始していきましょう。
観察力がある
相手の顔色や空気感を読むということです。相手が前向きならば、一気に議論を加速させ、締結に持っていくことも可能ですし、逆に相手が引き気味の時に、こちらの主張ばかり押し付けても逆効果です。交渉は生き物と思い、予定通り進まなくてもいったん出直すくらいの余裕を持ちましょう。
Noとはっきり言える
断ると印象が悪くなるのでは、と思いがちですが、できもしないことを曖昧にして交渉を進めるのは危険です。後になり「実はできません。」と言うことの方が信頼関係を失墜させてしまいます。「申し訳ありませんが~いたしかねます。」と、できないことは早い段階でお伝えしておきましょう。
ポジティブ思考である
『交渉を決裂させるわけにはいかない。』真面目な営業パーソンほどそのように考え、交渉結果に一喜一憂してしまいがちです。しかしその余裕の無さは相手にも伝わります。すると相手も『この人で大丈夫かな?』という不安を与えたり、『この人必死だから、交渉を有利に進められそうだな』と足元を見られる可能性が高くなります。
交渉が決裂してもご縁が無かっただけ。というくらいの気持ちの余裕を持ちましょう。
分配型交渉を成功に導くために必要なスキル
駆け引き型交渉の「分配型交渉」について必要なスキルをご紹介します。この交渉タイプでのポイントは事前準備です。下記にまとめました。
- ① 相手の主張の背景と出方を予測しておく
- ② 相手の主張に対する交渉カードを多く準備しておく
- ③ 交渉の着地点を明確にしておく(落としどころを決める)
これらが終われば交渉に入ります。そこでは次の2つのスキルが必要となります。
- ④ ヒアリング力
- ⑤ 心理テクニック
これらについて順を追ってご紹介していきます。
①相手の主張の背景と出方を予測しておく
よくあるのは、価格要求や納期要求が挙げられます。例えば価格で考えますと、なぜその価格を要求してくるのか。どこまでなら許容されるのか。仮説で構わないので考えておきましょう。私の営業経験では小売店のバイヤーさんが交渉相手でしたが、次のケースが多かったです。
- 競合店の価格と比較している
- バイヤーが代わり、自分の手柄を出したい(先方の社内アピールの材料)
- こちらの出方や対応力を試している
- 敢えて強い要求を出し、交渉を有利に進めたい
それぞれのケースで、どのような交渉となるかを想定しておくだけでも打ち手が準備できます。
②相手の主張に対する交渉カードを多く準備しておく
想定される相手の要求を洗い出し、それに対するこちらのカードを準備しておきたいです。
- 他社に決めようと思っているので今回は見合わせる
- 提案の全量は買えない
- 今回ここまで安くしてくれたら、次回取引量を上げるから値下げして
- 今急がないので、必要なときに買います
よくありそうな相手の交渉カードですね。皆さんならどう対応しますか。事前にカードを用意しておけば、落ち着いて切り返しできるでしょう。
例えば、「今この商品の引き合いが多くて、在庫がかなり薄くなっています。今決めていただかないと欠品の可能性があります。」「今回値引きを社内交渉するために、次回の取引量についても同時に相談させてください。」と言うのも一手です。
これはほんの一例ですが、交渉前に少なくとも10種類以上想定交渉カードは準備しておきたいです。このカードがあるだけで、心の余裕も生まれ落ち着いて交渉に臨める効果も期待できます。
③交渉の着地点を明確にしておく(落としどころを決める)
どこまで譲歩するかの線引きを予め決めておきましょう。あなたに決裁権がない場合、上長や会社としっかりすり合わせしておき、交渉で迷いが発生しないようにしておくのです。「持ち帰り検討します。」というのもひとつの手段ですが、何でもかんでも持ち帰り過ぎると、相手も意思決定できる人間を呼べ。と言ってくるかもしれません。明確な意思決定ラインを設けておきましょう。
④ヒアリング力
いよいよ交渉に入ります。ここで、質問をしつつ相手の本音を聞き出したいところです。なぜその価格なのか、その理由をしっかりと相手に話してもらいましょう。事前に想定していた仮説と合っているか、この段階で検証していくことになります。
⑤心理テクニック
心理テクニックはたくさんありますが、ここでは3例をご紹介します。
ドアインザフェイス
最初に強めの内容を投げかけ、その後譲歩して本来の落としどころに誘導するテクニック。
仮想敵を作る
自分の上司を共通の敵として演出し、上司を説得するために情報が欲しいという形で、交渉相手から詳細情報を聴き出す。
松竹梅理論
提案を3つ示し、着地させたいプランを「竹」にしておく。それを「松」と「梅」で上手く挟み、「竹」に誘導する手法。
これらのテクニックを駆使し、カードを適切に切りながら、最終落としどころに着地させるようにすれば、分配型交渉にも動じず進めることができるでしょう。
統合型交渉を成功に導くために必要なスキル
次にWin-Win型の「統合型交渉」について必要なスキルをご紹介します。この交渉タイプも事前準備が重要です。また、同じくらい大切なのは、相手に寄り添うスタンスを持つことです。次にポイントをまとめました。
- ①相手のニーズを把握する
- ②交渉の論点を明確にする
- ③解決策案を考えておく
実際の交渉の場においては、次の2つのスキルが必要とされます。
- ④ヒアリング力
- ⑤共通のゴール設定
これら5つのポイントについて順を追って紹介していきます。
①相手のニーズを把握する
顧客は手段を主張するケースが多いです。それに実直に対応することも営業として大切なことですが、そもそも顧客はなぜそれを欲しがっているのか、という前提を考えることが重要です。すなわち目的は何なのかです。
例えば、小売店のバイヤーさんのが「貴社の売れ筋商品Aの取引価格を今の20%ダウンでお願いしたい」と言ってきたとしましょう。そのまま交渉に挑むと駆け引き型の分配型交渉なってしまいます。ここでいったん20%ダウンの主張の意図を考えてみるのです。
- 特価でチラシを出し集客を上げたい
- 決算対策で売上を伸ばしたい
- 自分の手柄を出したい(先方の社内アピールの材料)
- 商品Aは断られても良いが、代替案を出して欲しい
もしかしたら、単なる分配型交渉ではなく統合型交渉に持ち込めるものもあるかもしれません。
②交渉の論点を明確にする
仮にバイヤーさんには「自分の手柄をアピールしたい」という気持ちがあるとしましょう。目的が手柄だとすれば、「商品Aの20%ダウン」はそのひとつの手段ということになります。もちろん、当社が商品Aを20%ダウンできるのならばそれでも良いかもしれませんが、それでは分配型交渉になってしまうでしょう。
そこで論点を明確にしましょう。「手柄を出したい」をもう少し上位概念で考えれば「売上・利益を今より上げたい」というのがニーズになります。
であるならば、今回の交渉のポイントは「売上・利益を上げる」ために我々は何ができるかです。そのためのプランを考えることが、バイヤーの本質ニーズを満たすことになるでしょう。
③解決策を考えておく
論点が明確になれば具体的にどう解決するかを考えることができます。解決策はひとつではなく複数考えておきたいところです。商品軸での提案。販促方法での提案。取引条件(価格と数量)の提案。などいくつかの切り口で準備しておきます。
この場合はカードというより、ソリューション提案に近いものと考えてください。すなわち、こちらの一方的な都合で駆け引き提案するのではなく、相手の立場も踏まえて、双方が売上・利益の拡大になるようなプランを準備するのです。
④ヒアリング力
いよいよ交渉に入ります。ここは分配型交渉と同じです。質問をしつつ相手の本音を聞き出したいです。なぜ商品Aの20%ダウンなのか、その理由をしっかりと相手に話してもらいましょう。事前に想定していた仮説と合っているか、ここで検証していくことになります。
⑤共通のゴール設定
ニーズ仮説を質問で検証できたら、いよいよここからは共通のゴール設定です。すなわち双方にとってWin-Winとなるゴールを設定し、共同作業で討議していきます。
細かい部分で多少の譲歩も必要となるかもしれませんが、お互いにメリットを享受できるように解決策を決定していき、最終的に商談を締結させましょう。
交渉のNG
分配型交渉と統合型交渉の2つのパターンをご紹介いたしました。これらは交渉を少しでもスムーズに進めるための手法です。実際の交渉では、生身の人間と交渉をしていきますので、話し方や営業姿勢によって成否は大きく左右されます。ここで交渉でのNGについて触れたいと思います。
交渉が失敗するときの共通点
ご縁がなかった場合は致し方ないですが、途中で交渉が上手く進まなくなる要因として次が挙げられます。
- 認識の齟齬により前提条件が変わってしまった場合
- 大風呂敷を広げ、徐々にメッキが剝がれてしまった場合
- 社会人としての常識を疑われるようなミスや言動をしてしまった場合
お互いの信頼をベースにビジネスは成立しています。そこを疑われるような内容が発生すると途端に交渉相手の心は離れていくでしょう。
顧客との交渉で気をつけること
これはあなたが営業(売る側)としての場合で記載します。前述の共通点の1~3は全て当てはまるでしょう。特に下記に注意してみてください。
- ① 前提条件は必ず言語化(文字化)しておき、相互確認をする。
- ② できないことは先送りや曖昧な返答をするのではなく、はっきりと意思表示をする
- ③ メールなどは必ず読み返す。会話以上に強い表現になるケースが多いです。
せっかく上手く進んでいる交渉も、このようなことで台無しにならないよう注意していきましょう。
取引相手(ビジネスパートナー)との交渉で気をつけること
これはあなたが買う側としての場合で記載します。
基本は顧客交渉と同じ内容なのですが、買う立場という心の緩みが、パートナーの相手に優越的地位で無理難題を押し付けたり、横柄な態度に出てしまうことで、協力を得られなくなることがあります。
あくまでも対等な立場として相手に敬意をはらって交渉しましょう。
社内交渉で気をつけること
顧客目線で交渉をしたあなたが、そのまま社内交渉でも顧客目線で交渉をしてしまうと「君は顧客の回し者か!」と言われてしまいます。上司や会社はあなたが顧客目線になり過ぎていないかを冷静に見てくるでしょう。
社内交渉では自社目線に戻し、論理的に伝えることを意識しましょう。
そこで、「主張」とその「根拠」を明確にし、それによる効果を短期的ではなく、中長期的な視点で伝えたいです。そうすることで、近視眼的な交渉になっていないことを示すことができるでしょう。
交渉力向上のためのトレーニング
交渉力を高めるにはある程度の経験が必要になってきます。しかし、トレーニングによって交渉スキルを高めることも可能です。そのポイントをご紹介します。
ロールプレイでの実践練習とフィードバック
大きな交渉の場合は、事前に社内でロールプレイをしてみましょう。上司や先輩に顧客役をしてもらい、イメージを持っておくことで、本番の話し方も変わってきます。プレゼンと同じで何度か自分の言葉で話す機会を持つことにより、話し方も板についてきます。
そして、良い点と改善点をフィードバックしてもらいましょう。客観的に指摘してもらうことで、新たな気づきになります。
また、立場を逆にしてご自身が顧客役をするのも、相手の気持ちになれるので良いでしょう。
ビジネスシーンだけでなく、日常生活でも交渉になりそうなシーンがあれば、積極的に事前シミュレーションをしてみましょう。例えば少し高い買い物をする場合、相手の出方を想定し、それに対する交渉カードを試してみるのも訓練になります。
失敗事例・成功事例から学ぶ
失敗も大切な財産です。なぜ失敗したかを検証し、次回に活かしていきましょう。
また、社内にはたくさんの成功事例があります。上手くいった事例の共通項がわかれば、精度の高い交渉カードや、解決策提案が見えてきます。ご自身の成功パターンを作っていきましょう。