リーンキャンバス(Lean Canvas)とは

新規事業開発のフレームワーク、リーンキャンバス(Lean Canvas)について、構成要素、利用時の注意点、ビジネスモデルキャンバスとの使い分けなど、新規事業コンサルタントがわかりやすく詳説。

更新日:2024年4月23日

リーンキャンバスの概要

リーンキャンバス(Lean Canvas)とは、スタートアップがビジネスモデルを可視化するために作られたツールです。シリアル起業家であるアッシャ・マウリャ氏が著した「Running Lean -実践リーンスタートアップ」で提唱されました。


リーンキャンバスは新規事業の立ち上げで検討すべき要素を9つにまとめたフレームワークです。必要な要素を順に検討できるため、「考えるプロセス」が明確になるという点もメリットです。また、事業プランをA4用紙1枚にまとめることができるため、ビジネスモデルの整理、共有がやりやすくなります。

ビジネスモデルキャンバス(BMC: Business Model Canvas)に似ていますが、より新規事業、スタートアップ向きのフレームワークとなっています。

※ビジネスモデルキャンバスについては、こちらのページで解説しています。

リーンキャンバスを構成する9つの要素

リーンキャンバスは9つの項目で成り立っています。次の順番で検討していきます。

  • ①課題
  • ②顧客セグメント
  • ③独自の提供価値
  • ④ソリューション
  • ⑤チャネル
  • ⑥収益の流れ
  • ⑦コスト構造
  • ⑧主要指標
  • ⑨圧倒的な優位性

①課題

課題とは「お客様が(お金を払ってでも)解決したいこと」です。マーケティングの文脈からは顧客のニーズといっても良いのですが、新規事業開発、スタートアップでは「課題」という言い方をすることが多いです。

人には成し遂げたいなにかがあります。例えば、毎朝、親が子どものためにお弁当を作るとしましょう。毎朝早起きするのは大変なのでもっと簡単においしくて健康的な弁当が出来ないか、と考えます。すなわち、「おいしくて健康的な弁当をもっと簡単に作りたい」が課題です。

毎朝の弁当作りにおいては「簡単に作りたい」だけでなく「(キャラ弁等)きれいに作りたい」や「レシピが思いつかない」等、様々な困り事≒課題があります。この中の課題の上位を3個程度挙げておくと途中で事業開発が進まなくなった時でもPivot(事業コンセプトを変更すること)が出来ます。

これらの課題に対して、現時点でも様々なソリューションが存在しています。例えば、冷凍食品や惣菜、仕出し弁当などもそれにあたるかもしれません。これらの既存の代替品でも解決していないものがまさに「課題」となります。言い換えれば、既存の代替品については記載しておきたいところです。なぜなら、よほどのことでない限り「世の中に代替品が存在しない」ということはないですし、代替品を使っていないということはそれほど困っていない(Painがない)ということになるからです。

②顧客セグメント

課題が見えたら顧客セグメントの整理をします。顧客セグメントとは、「一番困り事を抱えていて解決したいのは誰か?」を明らかにすることです。

新規事業開発では、n=1を探す、すなわち「本当に困っている人を1人でいいから見つけ出す」が基本です。その人を見つけ出したあと、「その方が課題を持つに至った特徴的な属性」を抽出すると顧客セグメントが見えてくるでしょう。

例えば、上述の「お弁当」の例で言えば、専業主婦も共働きの母親も父親もいますし、子どもの年齢も就学前、小学生、中学生、高校生等様々です。これらの中で、例えば、「共働きで子どもが就学前の母親」などが抽出されるかもしれません。

さらには、「普段から子供が食べるものには気を使っていて本当は全て手作りで提供したい」と考えている方かもしれません。具体的な顧客イメージを描くことでより顧客セグメントが分かりやすくなってきます。

それらの属性の中で最初に買うのは誰でしょうか?特に、世の中にとって新しいソリューションの場合、「新しいから」という理由で買ったり買わなかったりする人たちが存在します。

そのため、イノベーター理論における「アーリーアダプター」の設定が必要になります。


上述のお弁当のケースで言えば、困り事をお金で解決したい人たち、ある程度所得層の高い方やOISIX、生協などの宅配を活用している方などがそれにあたるかもしれません。

③独自の提供価値

独自の提供価値とは既存にある他のものとは異なり、「注目する価値のある理由」です。

既存の代替品等に対して、明確なポジショニングが描ける必要があります。そのためにも、顧客セグメントが課題解決に向けてお金を使う場合のKBF(Key Buying Factor:購買決定要因)を分析し、既存の代替品では実現できないポジションを描きたいところです。

上述のお弁当の例だと以前から「自然解凍できる」ことが冷凍食品で増えてきました。こういった独自の機能を持った提供価値を記載してください。

※冷凍食品の自然解凍は、1999年にニッスイ社が始めており今では各社が実施しており新しい価値ではありませんが例としてお読みください。


④ソリューション

ソリューションは課題に対する解決策です 。どのような商品を売りたいか、を書くところではありません。すなわち、プロダクトやサービスのことを必ずしも意味しませんが、実務的には具体的なプロダクトイメージも整理しておきたいので併せてここに書きたいところです。

注意したいのは、まず「課題に対する解決策」があり、それをお客様が受け入れることを確認した後に自社が何を提供するかを考える、という流れが基本である、ということです。

⑤チャネル

チャネルは顧客との接点をどこで作るか、を整理するものです。顧客接点には大きく、コミュニケーションチャネルと販売チャネルが存在します。

特にメーカーの場合を考えて頂くとわかりやすいですが、新しい製品を提供する顧客接点は広告やSNS等のインターネットを介したものになるかもしれませんが、販売は店舗で実施、等というケースもあります。

スタートアップ(ベンチャー企業)の場合はコミュニケーションチャネルと販売チャネルが一致することも多いのですが、大企業での新規事業の場合、「既存のチャネルに流しこむ」という選択肢もありますので、分けて整理する必要が生じるケースがあります。

⑥収益の流れ

収益の流れは、収益モデル、もう少し書くと「誰から何に対するお金を頂くか?」を整理する「マネタイズモデル」を記載します。そこから売上想定、すなわち、「単価」「人数」等を想定することになります。

マネタイズモデルには、単純にモノやサービスに対する対価を頂くものやサブスクリプションモデル(月額固定等)、ジレット替え刃モデル(本体以外の消耗品で儲けるモデル)、フリーミアム(無料サービスでユーザを増やし一部の有料サービスで儲けるモデル)等様々あります。単価テーブルも同時に設計しておきたいところです。

⑦コスト構造

コスト構造は、検討しているビジネスモデルに出てくる重要なコスト要素を洗い出すところがスタート地点です。

ビジネスを検討する上で重要になるのがBEP( Break Even Point:損益分岐点売上高)でしょう。BEPは、利益がゼロになる売上高のことで、次の式で表されます。

損益分岐点売上高(BEP) = 固定費/(1- 変動費率)

⑧主要指標

主要指標はビジネスを拡大させるうえで重要なKPI(Key Performance Indicator)を整理するものです。特に初期段階は売上側のコントロールが重要なのでMarketing FunnelやSales FunnelがKPIになることが多いでしょう。また、SaasやECなどではAARRR指標(海賊指標とも呼ばれます)がつかわれるケースもありますね。

⑨圧倒的な優位性

圧倒的な優位性は、このビジネスが成功した暁には何が優位性の源泉なのか、を記すものです。

これがパッとかけるのであれば大したものですが、多くの場合、最初の時点では仮置きしておいて事業がかなり続いた後で「結局のところ我々の優位性はこれだった」ということに気付くケースもままあります。(実際、「Running Lean」でも簡単には埋められないと記載されています。)

優位性とは、お客様に付加価値を提供するものであり、競合が容易にまねできないものです。独自の提供価値につながる何らかの真似できないリソースや活動と呼べるかもしれません。

リーンキャンバスを使うメリット

新規事業の初期段階やスタートアップにとってリーンキャンバスでのアプローチが有益と考えられる理由を3つ挙げておきます。

  • スピーディに事業アイデアの検証ができる
  • 顧客問題と解決策にフォーカスできる
  • リスク管理とピボットの柔軟性

スピーディに事業アイデアの検証ができる

リーンキャンバスは、最初のビジネスアイデアを迅速に検証するためのツールとして設計されています。シンプルな構造であるため、迅速に記入でき、アイデアを素早くテストしてフィードバックを得ることが可能です。そのため、特にスタートアップや新規事業の初期段階で有用と考えられます。

ビジネスモデルキャンバスは、顧客課題以外にも事業の運営やスケールに関する要素を包括的にカバーしています。そのため、広範な視点でより詳細なビジネスモデルの設計が可能となりますが、視点が増える分だけスピードが遅くなってしまうことは否めません。

顧客問題と解決策にフォーカスできる

リーンキャンバスでは、顧客が抱える「問題」とその「解決策」に特に焦点を当てています。これにより、顧客のニーズを深く理解し、適切なソリューションを提供することが促進されます。スタートアップや新規事業の初期段階で、顧客課題の明確化とその検証がクリティカルパスとなるため、リーンキャンバスによるアプローチが有効です。

一方で、成熟したビジネスにおいては、顧客セグメント、チャネル、収益の流れなど、顧客問題以外の多くの要素を同時に検討しなければなりません。そのため、ビジネスモデルキャンバスによるアプローチが適していると言えるでしょう。

リスク管理とピボットの柔軟性

リーンキャンバスは仮説検証のプロセスを支援するため、失敗から学ぶ文化が促進されます。仮説が無効であると判明した場合、容易に素早くピボット(方向転換)できます。キャンバスを迅速に更新できるため、市場や顧客のフィードバックに基づいて即座に対応できます。

ビジネスモデルキャンバスが成熟した事業や全体像の把握に適しており、改善や拡張に重点が置かれていることと対照させると、急なピボットや仮説検証の高速回転にはリーンキャンバスが適していることは明らかでしょう。

リーンキャンバス利用の注意点

リーンキャンバスは新規事業開発において力を発揮するツールの一つですが、利用にあたってはいくつかの注意点があります。

  • フレームワークに流されない
  • 各パーツを埋めるためにはリーンキャンバス以外のフレームワークが必要になるケースがほとんど
  • 検討が進んだら書き換えるべきもの

フレームワークに流されない

フレームワークの功罪、とでも言いましょうか。これはリーンキャンバスだけでなくすべてのフレームワークに言えることですが、フレームワークは簡単で分かりやすいため「埋めること」に終始しがちです。フレームワークを埋めるために活動をしてもあまり良いことはありません。

リーンキャンバスはそれでも他の多くのフレームワークと異なり、「これを埋めていけば新規事業開発が進む」という作られ方をしているので比較的弊害が起こりにくい印象はあります。それでも、これをただ埋めただけで「ユニコーン級のビジネスモデルができる」というわけではありません。あくまでも必要な項目を示唆しているだけであって、「この検討をしておかないと成功がおぼつかない」といっているにすぎないのです。

あくまでもリーンキャンバスは新規事業開発の「手段」であって目的ではないことにご注意ください。

各パーツを埋めるためにはリーンキャンバス以外のフレームワークが必要になるケースがほとんど

リーンキャンバスは新規事業のビジネスモデルの全体像を示すものです。しかしながら、個別の検討方法を示しているものではありません。したがって、各項目を埋めるためにはリーンキャンバス以外の知識が必要になることがほとんどです。

例えば、①課題においては、ニーズの考え方や場合によってジョブ理論などが必要になります。また、顧客セグメントを考えるうえではイノベーター理論を知っているほうが良いでしょう。

すなわち、リーンキャンバスがあれば大丈夫、と思わないでください、ということです。

検討が進んだら書き換えるべきもの

リーンキャンバスはどんどん書き換えていくことを前提としたフレームワークです。新規事業開発は、当たり前ですが仮説を立てて検証することの繰り返しです。そして、リーンキャンバスは仮説を描くためのものなので、仮説検証が進めば当然内容は書き換わります。そのためにA4一枚にまとめられている、ということもあるのでしょう。

リーンキャンバスとビジネスモデルキャンバス、どちらが良い?

リーンキャンバスと似たようなフレームワークがビジネスモデルキャンバス(BMC)です。こちらもスタートアップのために作られたフレームワークです。BMCは「スタートアップが作るビジネスモデルをチェックするために生まれたもの」であり、リーンキャンバスはそれを改良し、スタートアップがPMF(Product Market Fit)を達成するために何をすればよいか、を考えたものです。


特に企業の中で新規事業開発を行う場合、「どちらが良いか?」を考えるうえでのポイントがいくつかあります。

まず、「社内でいずれかが標準的なフォーマットになっている」場合にはそれを使うことをお勧めします。いずれのフレームワークも、社内で浸透している場合はただ書くだけでなく社内レビューで使われることが前提になります。したがって、レビュワーが分かるものを使う方が検討にプラスに働きます。

次に考えておきたいのは「事業開発のどのタイミングか?」です。

新規事業開発の検討段階(上市前)ではリーンキャンバスの方が使いやすいでしょう。リーンキャンバスは上述通り、PMFまでの流れとしては重要なポイントを整理することになりますので、検討順も含めてとてもやりやすいでしょう。

一方で、ある程度事業が進んだ場合はBMCの方が使いやすいと感じます。優位性を作り上げるために何をすべきか、顧客とどういった関係性を作るか、等の整理が出来る点でBMCを組み立て、また事業拡大をするうえでもポイントがより明確になりやすいでしょう。

あくまでもフレームワークはツールですから、その時々で使いやすいものを使いたいものです。

リーンキャンバスとは|ライターのご紹介


後藤 匡史(ごとう まさふみ)

株式会社シナプス 常務取締役/コンサルタント

10年以上のマーケティング・コンサルタントの経験を有し、化粧品、外食、エンターテイメント、メディア、サービス、精密機器、電子機器、電気部品、医療機器、農業など数多くの領域を支援してきた。多くの企業が陥る「顧客不在の戦略立案・実行」に対して提言し、真のニーズを中心とした組織へと生まれ変わらせることをミッションとして、数多くの企業を変貌させてきた実績を持つ。研修では、マーケティング研修のほか、問題解決スキル研修やファシリテーション研修での実績が豊富で、「すぐに使えるビジネスの実践的なスキル」を伝える講師として評判が高い。SMBCコンサルティング セミナー講師。

1973年生まれ、2007年シナプス入社、2008年取締役就任、2021年より現職。2021年よりアグリテックスタートアップのテラスマイル株式会社の非常勤取締役を兼任。


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