新規事業開発にステージゲート法はどの程度強力なツールになるのか?
シナプス後藤です。
先日、某所でステージゲート法に関するちょっとした意見交換があり、何人かは新規事業開発に適用することに否定的(その中には私が尊敬する事業開発のプロも含まれており)だったので、どういうことなんだろうと思って少し考えてみました。
結果、私の結論は、「前提条件をそろえられれば強力なツールになりうる」ということですが、少し整理したいと思います。
ステージゲート法とは何か?
ステージゲート法はかなり柔軟な手法ではありますが、メソドロジーとしてしっかり定義されてもおり、目的は「製造業の新製品ローンチのための事業開発プロセス」ということになります。Stage-Gate®は商標登録もされているようです。
ステージゲート法はイノベーション研究者であるロバート・G・クーパー氏が提唱したもので、おおもとは1980年代のようですが、そこから数々の実証を経てかなり改良されて今に至る、というところでしょう。
ステージゲート法は、その名の通り、複数のStageとそれを区切るGate(一般には6つのStageと5つのGate)から構成されます。
すなわち、一般的な書籍などで紹介されるStageは、
0.アイデア創出
1.スコーピング(初期調査)
2.事業戦略策定
3.開発
4.テストと検証
5.市場投入
です。
0.アイデア創出では技術や製品アイデアを検討します。ここでは必要に応じて簡易的な市場調査を行うにとどめます。
1.スコーピングでは市場調査を行いコンセプトをまとめていきます。一般に技術志向の企業がミスしやすいのはこの点で市場や顧客のニーズを把握せずに技術開発だけが先行してしまうことです。その結果、ダーウィンの海を泳ぎ渡れない、ということが往々にして起こります。そのリスクを低減するために徹底した市場調査を行い、魅力的な市場や顧客を選定します。
2.事業戦略策定フェーズでは、プロトタイプを作成しながら実証検証、市場調査を通じて事業計画を策定していきます。今の事業開発で言うPoC(Proof Of Concept)を行うステージです。
3.開発フェーズでは事業化に必要な製品を作成していきます。この段階ではまだ量産化ではなくテストマーケティングで使えるレベルのもの、という形でしょう。
4.テストと検証フェーズでは、テストマーケティングを行い、最終的に市場で成功する可能性が十分にあるかを検証します。
5.市場投入は、テストと検証フェーズ後のゲートを通って初めて実行されます。この段階では事業として立ち上がり、量産化もされ一気に事業拡大に向けて動き出します。
ステージゲート法のベースにある考え方
ステージゲート法のベースにある考え方は、大きく二つ、すなわち①リスクに見合った投資、と②リソースの選択と集中、です。
事業開発や技術開発にはリスクがあります。すなわち、「ビジネスとして成功しないリスク」です。千三つと言われる通り、成功確率は極めて低い一方で、製造業の場合、上市までには技術開発・製品開発・生産ライン構築・品質保証等、多くの投資が必要なため、いきなり大きなリソースを投下をしてしまうと赤字額が相当大きくなってしまいます。そこで、リスク見合った投資、すなわち、最初のStageでは調査の投資だけ、次に技術開発に対する投資、と徐々に投資額を上げていきます。Gateを潜り抜けたものはそれだけ有望と考えられる≒リスクが低くなっているのでより大きな投資が出来る、ということです。
もう一つの選択と集中はリソースには限りがあるということです。成功確率を上げるためにはエース研究者、エースエンジニア、エース営業担当者をアサインしたいところです。ですが、世にいうエクセレントカンパニーであってもエースは数えるほどしかいないでしょう。その数えるほどしかいない貴重なリソースをどこに充てるのか、を意思決定する必要があります。そのために、Gateによって次のステージに進める数を絞り込もう、という考え方です。
これら、漏斗でモノを流すようにするFunnelの考え方は、BtoBマーケティングにおいてThe Modelで有名になったリードコントロールの考え方と同じですね。
ステージゲート法のデメリット
ステージゲート法のデメリットは何でしょうか?
ステージゲート法は「Gate」の考え方が極めて強く働きます。本来のステージゲート法では否定されている考え方ですが、「Gateを通ったら前工程に戻れない」「Gateを通すためには徹底的な管理が必要」「Gateを通すための基準がクリアできればそれでよい」「Gateを通すことが担当者のミッションである」などの考え方が横行しやすいのです。その結果として、「Gateを通すためだけに仕事をしてしまう」「Gateを厳しくするために管理者が目を光らせる」「Gate通過後に問題があっても気にされずに進められる」ということが起こってしまいます。
ステージゲートを提唱したロバート・G・クーパー氏は上記のようなことは否定しており、
・行程は柔軟に行ったり来たり出来るし
・Stage内で顧客の声を聴きながら事業案を改善すべきだし
・GateのKPIは考え方はしっかりすべきだが柔軟に運用すべき
などを推奨しています。
上記のようなデメリットは当然想定されていて回避できるメソッドにはなっているのですが、「Stage・Gate」という考え方がある意味分かりやすいのでデメリットが強く出てしまう、ということでしょう。
結局、ステージゲート法は新規事業開発に使えるのか?
では、上記が克服できれば、ステージゲート法はどんな新規事業開発でも有効に働くのか?答えはある意味Yesではありますが、ただ事業の性質によって使いにくいことは多々あるだろう、というのが私の感想です。
ステージゲート法が生まれたのは上述通り1980年代です。この時代は多くのイノベーションが製造業から生まれていました。新しい技術や製品が世の中を変え、新しい社会を作っていたのです。勿論今でもその側面はありますが、近年ではIT/ICTの進化によって、ソフトウェアがイノベーションを起こすことが増えてきています。
ステージゲート法は、繰り返しますが、「製造業の新製品ローンチのための事業開発プロセス」です。すなわち、製造業が製造業としてのビジネスモデルを変えずに価値ある技術や製品を生み出すことによってイノベーションを生み出す、ということが前提になっているのです。言い換えれば、新たなビジネスモデル、例えば、SaaSやマッチングモデル、プラットフォーマー等、今のビジネスモデルの主流となっている手法を生み出すためのモデルではないのです。
一般的に、新規事業開発においては「技術や製品が市場/競争環境にマッチしているか?」を検証していくことによって事業を確立していきます。新規事業としてよく見かけるWebサービスビジネスや人材系ビジネス等の投資額が小さくPivotも行いやすいビジネスにおいては「Stage・Gateの枠組み」をそのまま使うよりも高速PDCAを回していく、例えばLeanStartUpの考え方の方がよっぽどフィットするでしょう。
こう考えると、改めて技術に強い製造業が自社のビジネスモデルに併せてイノベーションを起こしたい、というときには極めてパワフルなツールとして活用できるでしょうが、製造業でも既存製品を活用してD2Cをやりたい等ビジネスモデルを変えたい、あるいはソフトウェア産業やサービス業など別の産業ドメインに所属する企業であれば、別のモデルを採用したほうが良いと思います。
結論
ステージゲート法は単なるツールに過ぎません。すなわち、良いところはパクって使えばよいし、使いにくいところやデメリットが大きいところは自社に併せてカスタマイズしたり、使わなければ良いだけの話でしょう。
また、経営者やマネジャー等管理サイドの(事業開発)リテラシーも当然求められます。これらは、ステージゲート法だけでなく新規事業開発における多くの会社が直面する課題です。
とはいえ、Stage・Gateの考え方のベースにある①リスクに見合った投資、と②リソースの選択と集中、はどのような新規事業でも当てはまることです。ベンチャー起業、スタートアップではこのプロセスの重要な部分をベンチャーキャピタルが担っている、と言っても良いかもしれません。つまり、「どの事業案を仮説検証し」「どの事業案には投資しないのか」は新規事業開発の重要なテーマであり、ステージゲート法の考え方を真似することには一定の意味があると思います。
結局、自社にとってベストな新規事業開発プロセスは何か、を模索することが結局のところ両利きの経営の「探索」を実現する有効な手段である、という当たり前の結論ですが、その当たり前を突き詰めることが成功につながるのだと思います。