新規事業における顧客ヒアリングと営業における顧客ヒアリングの違い

ヒアリングスキルのある営業でもうまくいかない新規事業の顧客インタビュー。この記事では、新規事業のヒアリングと営業活動のヒアリングについて両者の違いを例示しながら解説。営業が新規事業の顧客インタビューを行う際の心構え、意識しておくべきことをご紹介します。

更新日:2024年3月5日

新規事業プロジェクトを進めていると顧客ヒアリングのシーンがたびたび出ます。ヒアリングについてはスキル的には営業の方がうまくできるはずなのですが、なぜか良いヒアリングができない、ことがあるようです。

新規事業の立ち上げにはVOC:Voice Of Customerが極めて重要です。シナプスの新規事業コンサルティング支援では、必ずVOCの視点を入れています。


顧客の声を聴く、というのは営業を経験された方にとってはある意味想定範囲内の作業でしょう。一方で、新規事業の立ち上げ期の顧客ヒアリングは、一般に営業が行う顧客ヒアリングとは進め方が異なります。この違いを意識していないと「お客様の声を聴いているつもりで仮説検証が進まない」ということにもなりかねません。


新規事業コンサルタント・後藤匡史

新規事業の顧客ヒアリングについて、場数を踏んでいる営業がなぜかうまくいかないことが多々あります。技術的に深い分野の場合は技術に精通している方が良いのはもちろんなのですが、それだけなく、「営業として優秀だから」こその失敗もあるのでは、とある日気づきました。

この記事では、新規事業推進の顧客インタビュー実施に際して気を付けるべきことを、検証目的別に営業ヒアリングと対比させながらご紹介いたします。

新規事業における顧客ヒアリングとは

新規事業における顧客ヒアリングは仮説検証を目的としますが、検証すべき事柄はフェーズごとに次の3つとなります。

  • ① 顧客ニーズの検証:CPFの検証
  • ② ソリューションの検証:PSFの検証
  • ③ 売れるかどうかの検証: PMFの検証

① 顧客ニーズの検証:CPFの検証

新規事業開発において最初に取り組みたいのは「顧客のニーズは何か?」という問いに対する回答です。

CPFとは、「起業の科学」(田所雅之 著)に出てくる概念で、Customer Problem Fit・・・顧客の課題を特定する、を略記したものです。起業、スタートアップにおいても初期段階で顧客のニーズ、顧客の困り事を発見する必要性があるということですね。

新規事業では誰がどのように困っているのか、明確にわかっていないことがほとんどです。アイデアの段階で仮説を立てることはもちろん可能ですが、それが「いったい誰が困っているのか?」「本当に困っているのか?」「お金を出すほどの困り事なのか?」等の問いに回答する必要があります。

新規事業アイデアの中でも起案者が当事者である場合は、それなりに課題が見えやすいことが多いです。しかしながら、BtoB型の新規事業の場合は特にそうですが、多くの場合、ご自身がユーザでないので課題のありかが分かりません。例えば、下記のようなことがぱっとイメージできるでしょうか?

  • 半導体製造プロセスの現在解決できていない困り事
  • 風力発電所の保守運用の現在解決できていない困り事
  • 漁業における現在解決できていない困り事

何となくイメージできるような出来ないような。はっきり「これが課題で、ここにお金を払ってでも解決したい課題がある」と明言できる方はおそらく業界内の方でしょう。

顧客の実態は分かるようでわかりにくく、顧客のヒアリング(もちろん、それだけではなく、観察や実体験なども含めて)によって、その「解像度」を高めていく必要があります。

例えば、「短時間で料理を終わらせたいのに終わらない」という困り事があったとしましょう。その困り事とは、次のようなレベル感で把握しておきたいわけです。

短時間とは、保育園に迎えに行くのが18時、そこから家に帰ると18時半、子どもを21時前には寝かせたいので、ご飯を食べさせてお風呂に入れてでも子どもと少しは遊びたい。そうすると料理の時間は15分で終わらせたい。しかもこの15分は大人が自由に料理を楽しむ15分ではなくぐずついたりいたずらをする子どもを見ながらの15分です。

② ソリューションの検証:PSFの検証

続いて確認したいのは、困りごとの解決方法がお客様にとって望ましいやり方かどうかの検証です。

PSFとはこちらも「起業の科学」に出てくる概念で、Problem Solution Fit・・・課題を解決できる方法を特定する、の略記です。顧客ニーズの検証と異なるフェーズなのは、確認することが異なるからです。

ニーズの検証では、「お客様が困っている」ことを確認します。ソリューションでは、「それをどうやって解決したいのか?」の確認です。

例えば、上述の「短時間で料理を終わらせたい」に対してのソリューションは様々あります。例えば、
・弁当、総菜、冷凍食品、宅配、カップ麺、粉末プロテイン+牛乳、ミールキット、調理器具
等ですね。

保育園の子供に食べさせるものとしてはカップ麺や粉末プロテインは適さないだろうことは想像に難くありません。では、弁当は?毎日弁当にすると添加物やお金が気になりますよね。冷凍食品はどうでしょう?これもいまだに「手抜きと思われたくない」という方もいます。

というように、困りごとに対して「そうそう、こういうものを求めていたのだ」という言葉を引き出したいのがソリューションの検証です。

現実には一回でうまく行くことはほぼありません。何度も確認し、場合によってはモックアップやプロトタイプを提供して検証することもあります。技術的難易度の高いものであれば、PoC(Proof Of Concept)による技術検証も必要になるでしょう。

③ 売れるかどうかの検証: PMFの検証

最後に確認したいのは売れるかどうかの検証です。まさに営業行為にあたります。ここでは製品そのものは言うまでもなく、提供方法、価格、売り方等すべてが検証対象になります。

PMFは、「起業の科学」にも出てきますが、元はソフトウェア開発者であり投資家であるマーク・アンドリーセン氏が広めた概念で、PMF:Product Market Fit:製品が市場に受け入れられること、という意味です。

これが確認できれば(もちろん、ターゲットが期待以上の市場規模がある場合には)大きな事業拡大が期待できます。事業開発とはまさにこのPMFを達成することが一つのゴールになります。

さて、この3つの段階で確認することが異なる、ことをご説明しましたが、確認することが異なる、ということは、当然ながら質問の仕方や立ち振る舞いも変わってきます。

新規事業開発の一つのセオリーとして、各段階で必要な検証を順番に行っていきたいわけです。例えば、ニーズがあるかどうかが分からないままにソリューションの確認をしてもそこにお金がつくかどうかの担保が出来ない、ことになってしまいます。(困り事がないのに解決策だけ提示する、というのは言葉の定義的にも無理がありますが、、、)

よくある「とりあえず製品を作ってしまったが、どうやって売ればよいかわからない」という話は、この段階を踏まずにいきなりPMFの検証にチャレンジしてしまった、という例です。この場合、往々にして「結局ニーズないよね」という悲しい結論になります。

営業が行う顧客ヒアリングで起こりがちなこと

では、「営業」として活躍されていらっしゃる方が新規事業開発における顧客ヒアリングを行うと何が問題になるのでしょうか?一般に営業のゴールは「売上(または受注)を上げること」です。営業のよくある商談パターンを見てみましょう。


営業

他社様ではこういったことにお困りですが、御社ではこういうことはありませんか?


顧客

そうですね、今のところ問題になったことはないですね。・・・(A)

(営業の気持ち:ニーズなさそうだけど一応確認してみよう)


営業

当社ではこういう製品を考えているのですが、、、


顧客

確かに考えられなくもないですが、当社のニーズには合わないと思いますし、予算もつかないと思います。・・・(B)

(営業の気持ち:やはりニーズないな。関係性だけ維持して次のターゲットに行こう)

優秀な営業であれば、(A)、(B)の詳細掘り下げや、(B)での予算状況の確認は当然するでしょう。しかし、自社の製品が売れないと判断したら早めに見切りをつけるのは営業にとって成果につながる判断です。しかしながら、新規事業開発、特に「ニーズの検証」のシーンでは、(A)のタイミングでお客様の実態を知りたいのです。つまり、次のように、実態確認の質問をしていく必要があります。


顧客

そうですね、今のところ問題になったことはないですね。・・・(A)


営業

ありがとうございます。問題になったことはないのですね。今はどういった業務プロセスで進められているのでしょうか?

また、別の商談例で考えてみましょう。


営業

今、新商品としてこういった製品をご提案していまして。


顧客

あー、これは面白いですね。機能の特徴は何ですか?・・・(C)

(営業の気持ち:お、反応した!可能性ありそう)


営業

この製品では従来品に比べて品質が倍になっていまして。


顧客

その分高くなりますよね?・・・(D)

(営業の気持ち:価格はやはりネックになりそうだけど反応はよさそうだ)


営業

そうなんです。でも品質が高い分、御社のビジネスには大きなプラスになると思います。いかがですか?


顧客

社内で確認してみますよ。ご紹介どうもありがとうございます。

一見うまく事が進んでいるように見えますし、優秀な営業であれば、(C)(D)でKBF(購買決定要因)やお客様のニーズの見極めもするでしょう。しかし、もしお客様が買うとなれば営業の気持ちとしては「売ることに一直線」になっていきます。

もしソリューションの検証の段階であれば、ここでは、「品質が倍、という方向でお客様の困り事が解決できるのか?」「この形式の製品でお客様の現場で使えそうなのか?」を検証したいのです。従って、以下に示すように、お客様にとって価値があるかどうかを確認したいところです。


顧客

あー、これは面白いですね。機能の特徴は何ですか?・・・(C)


営業

この製品では従来品に比べて品質が倍になっています。ところで、面白いとおっしゃっていただいたところはどのあたりでしょうか?御社では使えそうですか?

既存事業の営業は既にPMFが達成されているもの、すなわち、「確かにニーズが存在しており」「このソリューションでお客様の課題が解決でき」「この4Pで売れることが分かっている」ことが担保されています。

従い、営業の仕事は、「目の前のお客様に売れるのか?」「目の前のお客様にどうやったら買っていただけるのか?」になります。目の前のお客様に買っていただくことが目的であり、営業としてもその目線で動くので、売れないとわかれば早々に離脱していきます。

一方で、新規事業開発の仕事は、「目の前のお客様はターゲットになり得るのか?その後ろにいる何百万人・社のお客様は購入いただけるのか?」を検証する仕事です。目の前のお客様は手段であって目的はその後ろにいる市場に買っていただくことです。

スキルの差というよりもこの意識の差が新規事業にかかる仮説を検証できるかの境目になるのです。

営業が新規事業の顧客ヒアリングをうまく行うためにすべきこと

営業と新規事業開発は似て非なるものです。だから難しい、と言ってしまえばそれまでなのですが、どうすればよいのでしょうか?

一言で言えば、「意識を変える」、人材育成で言われる「アンラーニング」(学習棄却:今まで勝ち得てきた成功体験を捨てて新たなやり方を学ぶこと)が必要になります。優秀な営業の方であれば、わざわざアンラーニングと言わなくても説明すればわかるはずです。

シナプスでは、多くの場合、次のステップで進めています。

  • Step1:考え方の説明・理解
  • Step2:「検証したいこと」の仮説立て・確認
  • Step3:実施後の振り返りフィードバック

Step1:考え方の説明・理解

まず、新規事業の顧客ヒアリングに関する基本の考え方をご説明し理解していただきます。
今までは事業開発の流れとして、ニーズ仮説構築・検証、ソリューション仮説構築・検証、PMF仮説検証、という流れを説明しましたが、営業の方が多い場合は、最近「普段の営業との違い」を意識して説明するようにしています。

自分が今までやってきたようなことは既視感があるので、「当たり前のようにできる」と思いがちです。それを敢えて「そのやり方とは違うのですよ」とお伝えします。

このタイミングでコンサルタントがメンバーに信頼されていないと話を聞いていただけないので、ここまでの組み立ても重要になりますね。

Step2:「検証したいこと」の仮説立て・確認

次にVOCのための仮説構築を行います。シナプスの新規事業開発プロジェクトではほとんどのケースで仮説構築の支援や、そのための検証項目の設計支援を行っています。ここでも、「何を確認すべきか?」をメンバーと一緒に話し合い、顧客ヒアリングで何が出来たらゴールなのか、を明確にするわけです。

その際に必ずお伝えするのは、「売ることがゴールではありませんよ」ということです。場合によっては今の時点で売れなくて全く問題ありません。

Step3:実施後の振り返りフィードバック

そして、実施した後の振り返りも必要です。まず、ヒアリングレポートを確認します。その中で聞くべきことが聞けているのか、ヒアリング内容を録音しているようであれば、どのタイミングでどういう質問を投げ込むと良いのか、までフィードバックしてきます。
場合によっては同行ヒアリングをするケースや、当社で事前にヒアリングしたものをレポートサンプルとして提示することもあります。

新規事業開発において、顧客ヒアリングは必須行動です。しかし、スキルが高い営業の方だからこそ落とし穴にはまってしまうケースもあります。この記事では、新規事業開発と営業活動の顧客ヒアリングの違いについて、改めてご説明しました。

この記事のライター


後藤 匡史(ごとう まさふみ)

株式会社シナプス 代表取締役社長/コンサルタント

10年以上のマーケティング・コンサルタントの経験を有し、化粧品、外食、エンターテイメント、メディア、サービス、精密機器、電子機器、電気部品、医療機器、農業など数多くの領域を支援してきた。多くの企業が陥る「顧客不在の戦略立案・実行」に対して提言し、真のニーズを中心とした組織へと生まれ変わらせることをミッションとして、数多くの企業を変貌させてきた実績を持つ。研修では、マーケティング研修のほか、問題解決スキル研修やファシリテーション研修での実績が豊富で、「すぐに使えるビジネスの実践的なスキル」を伝える講師として評判が高い。SMBCコンサルティング セミナー講師。
1973年生まれ、2007年シナプス入社、2008年取締役就任、2024年より現職。2021年よりアグリテックスタートアップのテラスマイル株式会社の非常勤取締役を兼任。


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