研究開発型の新規事業:死の谷を越える

研究開発、技術開発型の企業における新規事業について回るのが「死の谷」による失敗です。新規事業はただでさえ成功確率が低いのですが、死の谷をどう越えるのか、研究開発型の新規事業を成功させるにはどのように考えるべきなのでしょうか。

死の谷とは?

死の谷とは、製品開発から事業化までの間の難所であり、特に研究開発、技術開発型の企業においては、調達・生産・流通網の構築が必要であり、すべてが整い、事業を推進するまでに至るには、多くの資金が必要です。スタートアップ(ベンチャー起業)の場合は資金が続かず廃業するケースも見られますが、大企業が始める新規事業であっても、そこに投資をしなければ事業化できません。

この、「製品開発は出来ても事業化までには至らない状態」を死の谷と呼びます。

死の谷は、もともとはカリフォルニア州にあるデスヴァレー国立公園を中核である地域からとった言葉なのだそうです。1849年のゴールドラッシュの時代からこの呼び名があるようでそれだけ死の危険性がある谷なのでしょう。

魔の川、死の谷、ダーウィンの海

研究開発から事業を成功させるまでには3つの難所があると言われ、それぞれ魔の川、死の谷、ダーウィンの海と呼ばれます。

魔の川は、MOTを専門とされているコンサルタント、出川通氏が命名したもので、研究開発から製品開発までのフェーズでの難所を指します。研究開発が実際の製品になるためには、顧客ニーズにマッチさせなければなりませんが、肝心の顧客ニーズが見つからずに投資が終わる研究は数多くあります。メーカーの中には日の目を見ない特許が山のようにあり、これらは魔の川を越えられなかった技術、ともいえるでしょう。

死の谷は上述した通り、製品開発から事業化までのフェーズでの難所を指します。

ダーウィンの海は、事業化して利益を継続的に挙げられるまでの難所を指します。ダーウィンは、進化論で有名なチャールズ・ダーウィン博士のことであり、競争環境という海の中で淘汰されずに生き残ることを模した言葉です。様々な競合がひしめく市場で、顧客ニーズにフィットし、競争優位性を築かなければ事業としては失敗です。海の中を華麗に泳ぐように事業を進化させる必要がある、ということですね。

死の谷は、なぜ起こるのか?

死の谷は、どんな新規事業でも起こる可能性があります。では、なぜ死の谷が存在するのでしょうか?

近年、新規事業はリーンスタートアップのプロセスを経る、あるいは模することが多く、「まず、顧客の課題を明確にし」「それに合わせたソリューション・プロダクトを作る」という形をとります。

顧客の課題は間違いなくある、それに合わせた製品を作ることもできた、とします。この段階で上市をする、あるいは、有償でPoCを回し、ビジネスを加速させるフェーズに入ります。

ところが困ったことに、思うように売上が上がらないケースが多々みられます。それは、なぜか。イノベーターは買ってもアーリーアダプターは買わない、あるいは、アーリーアダプターの一部にリーチできても2社目、3社目の顧客を見つけられないことは往々にしてあるからです。

事業開発にはお金がかかります。具体的なキャッシュアウトがないとしても人件費は必ずかかっています。さらには、技術開発型の企業である限りは、研究開発コストや、もし製造業だとすると、プロダクトを作るのに製造コストがかかる、あるいは、継続的に作るためにはラインの維持コストがかかるのです。

費用は必ず発生しますが、売上は必ず確保できるとは限らないし、この構造だと必ず費用が先に発生し、売上が後に発生します。スタートアップだと、キャッシュフローが悪く資金が枯渇しますが、大企業においても、いつ投資を止められるかわからない状況に陥ります。

ここまで述べた状況を整理すると、

  1. ニーズがあることは分かっている
  2. ファーストユーザが存在しており、そこから今のプロダクトがニーズに合っていることもわかっている
  3. ヒアリングなどの感触から手ごたえもある

にもかかわらず、売上が伸びない。そんな状況に陥っていることになります。

売上が伸びないと、会社から、なんなら、新規事業に直接かかわっていない隣の本部長あたりから、「そのビジネス、本当に伸びるの?難しいんじゃないの?」という横やりが入ります。経営がこの状況に理解があれば無理にでも進めるでしょうが、経営が理解が無かったり、理解のある経営者から新経営者に世代交代したりすると、途端にメスを入れられる、という状況です。

困ったことに、研究開発型の企業において、よく見られる「とりあえず製品を作ってみたが、誰が買うかわからない」という事象と外目には同じように見えるのです。だから、お取りつぶしに合いやすい。つまり、こういった事情があり、死の谷が起きてしまうのです。

死の谷を乗り越えるために

死の谷は、「儲からないように見える」ということがすべての元凶です。言い換えれば、「儲かるように見える」状態が作れれば死の谷を乗り越えやすくなります。 そのやり方を3つ、ご紹介します。

  1. 早期に成果を作る
  2. 市場を魅力的に見せる
  3. 収益モデルを作りこむ

早期に成果を作る

「儲かるように見える」状態とは、目に見える成果があることです。それでは、目に見える成果とは何か。 特に、BtoB型の場合は、「重要なお客様が購入した」ということが一つのシグナルになります。例えば、自動車に提供する部品やサービスにおいて、トヨタ自動車が購入した、とか、家電に提供する部品やサービスにおいて、パナソニックが購入した、等です。大手企業、その会社の有力企業が動くということは、経営にとっても「あの会社が購入するなら!」と納得しやすくなります。

その意味で、ファーストユーザは極めて重要な位置を示します。研究開発型の企業の場合、BtoB型になることも多いですが、その場合に、いかに初期段階で「重要な顧客企業を獲得できるか」が一つの死の谷の克服方法です。

市場を魅力的に見せる

新規事業に積極的な企業の多くは、将来のビジネスの柱を作りたいと思っています。大きな市場に橋頭保を作れる、ということがその企業にとって需要な意味を持つのです。1兆円企業にとって、1億円程度の投資は実は安い、それで将来の1000億円を買えるなら大バーゲンセールと感じるでしょう。

収益モデルを作りこむ

本質的な解決策は、収益モデルを作りこむことにあります。どんな経営者であっても、「事業が儲かっている」のであれば、安易にその事業をつぶすという選択は取りません。なぜなら、儲かっているということはそれだけで企業価値を向上させているからです。そのためにも儲かる収益モデルを作りこみ、実現させる必要があります。

儲かる収益モデルにするために、見ておきたい指標は大きく二つ、すなわちCACと損益分岐点です。

CACはCustomer Acquisition Cost、すなわち顧客獲得コストです。広告投資や営業コスト等も含めて、「1顧客を獲得するのにいくらかかるのか」が明確になっていると、LTVや製品単価を考えた場合に利益が残るかどうかがわかります。

マーケティングコストは事業のPL(損益計算書)を作る際に意外と見落とされるものです。特に製造業の場合、原価や製造に関するコストは解像度が高いのですが、(研究者、開発者が主体的に事業を立ち上げようとしている場合は特に)売上は勝手についてくると思いがちです。残念ながら、売上を上げるためには相応の努力≒マーケティングコストが必要なのです。

もう一つは損益分岐点です。製品の場合は「いくつ販売できると儲かるのか」、すなわち、あとどれだけ顧客獲得が必要なのか、という分析です。事業を構造的にみる場合には必ず必要な視点であり、これがわかっていると、経営答申に際しても「あとどれだけやればもうかるのか」が説明しやすくなります。

死の谷は、特に研究開発、技術開発型の新規事業では避けては通れない難所です。この難所を超えるためにはいかに早く「儲かるモデルを示すか」がポイントになります。

将来の事業の柱を、死の谷でつぶさないようにしたいですね。


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