「新規事業のプロに聞く」と題し、新規事業のプロフェッショナルの方に、「新規事業に対する考え方」「どうやったら新規事業が成功するか」「新規事業に必要なスキル」など、新規事業関するインタビューを掲載していきたいと思います。
第1回は、シナプス創業者の「家弓正彦」です。家弓は、毎年多くの新規事業ワークショップで新規事業プランの作成を主任講師として指導しています。家弓の目からみた新規事業とは?
今回の「新規事業プロフェッショナル」紹介
家弓正彦 (かゆみ まさひこ)
株式会社シナプス 取締役会長
新卒で松下電器産業に入社。FA機器マーケティング実務現場を経験。三和総合研究所にてコンサルティングに従事後、1997年シナプス設立。
マーケティング中心に400社以上の企業へ対するコンサルティング経験有り。
また、企業研修を中心に、中央大学非常勤講師、グロービス経営大学院教授、SMBCコンサルティング講師、日経ビジネススクール講師、など延べ約4万人の受講生に対する豊富な講師経験を有する。これまでワークショップ講師として100本以上の新規事業プラン作成を指導。
日本企業で新規事業が求められる背景とは?
インタビュアー
最近お客様から「新規事業を立ち上げたい、新規事業を立ち上げできる組織・人材を作りたい」という相談が増えてきました。
みなさん新規事業に対する、強い問題意識をお持ちの一方で、「具合的に、新規事業に対して、どこから手をつけたらよいかわからない」という企業様が多いようです。
この新規事業の課題に対し、シナプスでは新規事業を題材としたワークショップ型研修をご提供することが多いです。この背景を教えてください。
家弓
まず、多くの日本企業で新規事業に対する必要性が高まっている点が挙げられるでしょう。
そもそも各社の事業環境は劇的に変化しています。新興国の台頭によって、グローバル競争化が進み、激烈な価格競争に陥っている業界も少なくありません。そのような環境下で既存事業に依存していたのでは、収益力、成長力ともに維持できません。そこで、新規事業やへの必要性が増しているのです。
しかし、既存の視点で新規事業を立ち上げることは、とても困難です。合わせて新規事業立ち上げに携わった経験やスキルのある方も決して多くはないでしょう。そこで、新規事業推進に当たって、シナプスのような外部リソースのノウハウをを活用する企業様が多いです。
企業に新規事業を生み出すスキルと文化を醸成
家弓
しかし、私たちは業界のプロではありません。業界の知見、経験に富んだ社員の皆様のチカラが不可欠です。私たちの「新規事業プロジェクト」は、社員の皆様と私たちコンサルタントがプロジェクトチームを組成し、両社のシナジーを最大限に発揮することで、クライアント組織に「新規事業を生み出すチカラ」を培ってもらうことを目指しています。
最終的には、「私たちの支援を受けずに、新規事業を生み出すスキルと組織カルチャー醸成すること」それが企業の目指すところに他なりません。新規事業を生み出すスキルと組織カルチャーを作る手段としてワークショップ型のプロジェクトが求められています。
新規事業を創造する企業に求められるものは?
インタビュアー
なるほど。環境要因として日本企業の新規事業に対する必要性が高まる一方、新規事業創造には既存事業とは異なるスキルやノウハウを身に着ける必要がある。そこで、我々のような外部のマーケティングコンサルティング会社などに相談がくるわけですね。
では、次にお聞きします。新規事業創造には、困難・変革がつきものです。そのために、企業に必要なものはなんでしょうか?また、新規事業人材のスキルーやマインドなどの「個人の視点」と新規事業が起こる土壌という「組織の視点」があると思います。それぞれ教えてください。
新規事業創造に必要なのは高いレベルの「ロジックとパッション」
家弓
まずは、「個人の視点」。新規事業創造に求められるのは、ずばり「ロジックとパッション」だと思っています。
新規事業に取り組むにあたっては、わからないことだらけです。特に全く新しいビジネスを創出するためには、「未来の顧客のあたりまえ」を考えなければなりません。たとえば、現在は非効率に悩まされている顧客が、5年後にはその不満が解消されて、あたりまえのように活用されているソリューションを生み出さなければならないわけです。
そのためには論理的に仮説を立て、検証し、一つひとつのパズルを組み立ててビジネスモデルを描いていく作業です。論理的思考力(ロジカルシンキング)にかかわるスキルは不可欠です。
しかし、ひとりの力には限界があります。必ず周りのメンバーの協力や組織の支援が必要です。その時、ヒトは何に動かされるのか?ロジックは不可欠です。しかし、ロジックだけではヒトは動きません。
この事業を立ち上げ、お客様の笑顔を見たい、世の中を変えたいなどといった情熱にヒトは共感し、動くものです。同時に、自分自身を前向きに行動し続ける動機となるのはパッションです。ヒトを巻き込み、自分を動機づけるためにもパッションは不可欠な要素なのです。
「ロジックとパッション」、新規事業を立ち上げには、一見全く異なる、スキルとマインドの両面をバランスよく持ち続けることが、求められます。
新規事業創造する組織に必要なのは、継続するしかけとトップマネジメント支援
インタビュアー
なるほど。マーケティングに関しても常々「ロジックとパッションが必要」という話をされていますが、新規事業を創造していく、新規事業リーダーになるは、さらに高いレベルのロジックを組むスキルと周囲を巻き込む情熱が必要になるわけですね。
それでは、次は「組織の視点」ではいかがでしょう?新規事業を起こしやすい組織に求められるものはなんでしょうか?
家弓
日頃の社員の目線、そして現業のマネジメントは、どうしても短期的なものに向けられがちです。日常業務や目標達成はもちろん需要です。しかし、全社視点に立てば、新規事業開発のような中長期視点を併せ持つことが求められます。
そのためには組織としても「新規事業に取り組むしかけ」が必要となります。
企業によっては「新規事業プランコンテスト」のようなしかけを導入しているところもあります。我々が提供している新規事業ワークショップも、そのしかけのひとつです。組織横断的なメンバーをプロジェクトチームとして組成して、将来の新規事業を考える。日常業務とは異なる視点を持つために、大きなきっかけとなります。
また、新規事業立ち上げには多大なエネルギーを必要とします。新規事業検討するチームには「トップマネジメント主体の公式な支援」が必要です。現在の組織では、どうしても現業を優先してしまいがちです。しかし、新規事業開発に取り組む時間を公式に上長にも認めてもらう、必要な予算を設定するなど、新規事業検討メンバーが現業との板挟みにならない適切な支援が必要です。
シナプスのワークショップでも、新規事業プラン提案の結果、トップマネジメントから公式に継続検討が認められたプロジェクトには、これらの支援のしくみを適用するよう推奨しています。
新規事業創造に必須な「VOC」とは?
インタビュアー
ワークショップ期間中には「VOC、顧客の声を聞くこと」に相当こだわっていますね。ワークショップに参加したグループはテーマごとに10社も20社も実際にヒアリングをしてこなければならない。相当ハードですよね。
正直受講生がかわいそうになることもあります(笑)。
そこまでVOCにこだわるのは、なぜなのでしょうか?
家弓
会議室やデスクの上だけで新しいビジネスが生まれるはずがないことは言うまでもありません。
新たな市場機会は、現在の顧客の悩みや不満、あるいは顧客が抱いている願望や欲求をすべての原点としています。「VOC(Voice of
Customer=顧客の声)に耳を傾けるということは、これらの顧客の現実を真摯に理解することに他なりません。
「顧客のことはわかっている」、そうおっしゃる方はたくさんいらっしゃいます。しかし、その顧客がどのような現実に直面しており、どのようにその現実に対処しているのか?
その時にどのような不満や不安を感じているのか?生々しい顧客の現実をあたかも動画映像を流すかのように把握されているケースは稀だと思います。
新しいビジネスの発想はすべてがこの顧客の生々しい現実にあります。そして、事業の競争優位性は、この顧客の生々しい現実をどれだけ把握しているかという競争になっているといっても過言ではありません。
私たちのワークショップでは、メンバーの皆さんには徹底的にVOCに耳を傾けてもらう活動をお願いしています。とにかく顧客に会いに行ってもらい、可能であれば現場を見る、あるいは顧客の声を通じて動画再生ができるまで現場の理解をしてもらいます。意外と行動が変わると意識が変わるものです。意識が変われば行動はさらに変わります。そんなグッドスパイラルが回り始めると、個人スキルは向上し、組織としても強く変革を起こし始めたことを実感できるはずです。
事業推進者自ら事業プランを構築・実行する力をつけ成功確率を上げる
インタビュアー
なるほど、VOCに対する個人の意識・行動の変革。最終的には必ずVOCを起点として事業を考えるという「組織文化の醸成」が必要なわけですね。
さて、次にシナプスではマーケティングを中心に1日や2日間で完結するような企業研修も多く行っています。しかし、新規事業の場合は、数ヵ月かけて実際にグループごとに新規事業機会を探索したり、事業プランを作る「ワークショップ型の研修」の提供が多いですね。これはなぜなのでしょうか?
家弓
私たちがワークショップ型研修をご提供しているのは新規事業開発にあたり、直面するジレンマを解決することを目的としています。
単なる研修は、どれだけ実践的な演習を交えたとしても、あくまで目的は新規事業開発に必要なスキルを身に着けることにあります。しかし、一般に事業立ち上げのスキルは一朝一夕に身につくものではありません。受動的な研修だけに依存しているならば素早い事業環境の変化にとても追いつけるものではありません。
素早く新規事業立ち上げに対応するためには、外部のコンサルタントを活用することも一つの手段です。
コンサルタントは御社のためにこれまで培ってきた専門性を活用し、新規事業プランを提案することができるでしょう。しかし、それでは企業の組織スキルや人材スキルは養われません。さらに、外部からの提言を天から降ってきたお告げのように実行するところにパッションが生まれるでしょうか?
理想的な新規事業開発は、スピーディかつ精緻な事業プランを構築するとともに、自らが脳みそに汗を流し、日々苦労、葛藤してその事業プランに魂を込める作業が必要だと思うのです。その結果、そのプロジェクトにたずさわったメンバーは成長し、実行フェーズでも強いパッションとモチベーションにあふれた強い組織が生まれるはずです。
私たちシナプスでは、このワークショップ型プログラムが新規事業開発を通じて、真に強い組織を生み出すために有効な取り組みだと確信しています。
今後の新規事業に求められる「オープン思考」
インタビュアー
コンサルタントが事業プランを作ることはできますが、「他人のプラン」に本当のパッションはいだきにくいですよね。また、特に新規事業では、「実行しながら新たな情報を基に事業プランを修正していくこと」が求められますから、「最終的に新規事業の成功には、遠回りに見えても人材育成・組織文化醸成が必須という」ことですね。
最後に、これまでのお話しで出た以外の内容で、最近の新規事業に関するトピック・潮流などがあれば教えてください。
家弓
昨今の新規事業は、今更言うまでもなく自社に閉じた発想ではなく、オープンな思考によって生まれています。要するに、自社リソースの制約を前提とせず、外部プレイヤーと積極的にアライアンス関係を持ちながら、企業チームとして総力を挙げて顧客の満足に立ち向かいう姿勢が不可欠です。
しかし、オープン思考とは言っても、社外はおろか隣の部署が何をやっているかもよくわからないといった現象が起きています。これまで部門採算性やカンパニー制などの導入によって組織という壁を作って行動する習慣が身についてしまっている弊害といえそうです。
まずは自社をよく知る、他部門を積極的に巻き込む、さらに社外に目を向ける、能動的に社会に足を運ぶといった行動習慣を身に着けたいものです。これもなかなか現業主導の組織では難しいかもしれません。それだけにある程度の強制力を持って、まず一人ひとりの行動変革を巻き起こすという取り組みからスタートする必要がありそうです。
家弓
なるほど。自部門の殻に閉じこもっていてはオープン思考はできないですね。普段自分の仕事とは直接関係ない他部門、社外の人、社会全体など、外に目を向ける「行動」が重要なわけですね。
それでは、今日はありがとうございました。
家弓
こちらこそありがとうございます。